ロンドンの夕刊紙の無料化


現在新聞社の多くが発行部数と読者数の減少に苦しんでいて、その状況を挽回するためにオンライン版を有料にしてそこから収益をあげようとしている新聞もでてきている。先日書いたタイムズのウェブサイトの有料化は、そういった試みのひとつだ(将来的には紙版よりオンライン版が主流になっていくだろうから、そこへとつなげるための収益構造の転換とも言える)。

新聞の収益というのは、定期購読と広告の2本柱。発行部数をおとすと読者数が減るので、媒体としての価値も相対的に低下する。媒体価値が低下すると、高い広告料金は取れなくなる。悪循環だ。

ウェブ版の有料化は紙版で失った定期購読分をオンラインで補う試みだ。インターネットの普及によって、紙版のプロモーションぐらいのつもりだったウェブ版が、紙版の読者を奪うまでに侵食してきてしまっているのが、現在世界中の新聞社が直面している状況だろう。

ウェブ版を広告収入だけでまかなうのは難しいことだ。インターネットの広告シェアは先進国では非常に高まっている。広告収入も当然上がっているのだけれど、多くの場合、伸びているのは検索連動型広告で、新聞社のウェブサイトが主力メニューにしているディスプレイ広告(普通のバナー広告)ではない。

質の高い情報(ニュース)には、それ相応のお金を払って欲しい、という主張は尤もなものなのだけど、一度無料で情報を得ることに慣れてしまった読者たちを取り戻すのは難しいだろう。第一に、すべての新聞社や通信社がオンラインで無料で情報を流すのをやめない限り、有料化に踏み切った数社だけが読者を失うだけだ。第二に、ひとつの媒体に対する読者の忠誠度というのはウェブの世界では紙の世界より弱い、そのため有料化したとたんに全くサイトに来なくなる読者がでてくる(あちこちから良い記事だけをつまみ食いするのがウェブの世界ではないだろうか)。第三に、新聞記者の書く記事はもはや以前ほどのプレミアムを持っていない、そのためそれにお金を払いたい人々は減少してきている。

ウェブ版の有料化というのは、どこの新聞社も一度は考えたことのある選択肢だろうけれど、その逆のベクトルへ動いたのが、イギリスの首都ロンドンの夕刊紙「ロンドン・イブニング・スタンダード」だ。つまり、この新聞は紙版を無料化した(2009年10月)。

まあ、つまりは’フリーペーパー’というやつなのだけど、日本でよくいうそれとは違って普通の新聞と大差ない。日本のフリーペーパーは内容が明らかに薄く、分量もさほどない。「ロンドン・イブニング・スタンダード」はもともと有料だったものをそのまま無料化したので、どちらかというと日経や産経あたりが突然内容そのままで無料になったような感覚に近い。夕刊紙なのだけど、独立採算でやっているので、日本の新聞の夕刊よりは内容は充実している。

「ロンドン・イブニング・スタンダード」はいわゆる軽い内容のフリーペーパーではなく、高級紙と呼ばれる媒体が無料化した世界初の事例だ。
まだこの無料化が成功だったと断じるには時期尚早ではあるけれども、少なくとも下記のことがメリットして起こったようだ。

1. 部数増による読者数の増加
2. 読者層の維持
3. 読者層の若返り

ひとつめの部数増だが、有料時は約20万部だった発行部数を約60万部にしたことによって大幅に読者が増えた(回読率はおよそ2人)。リーチが高まればより高い広告収入を見込める(広告料金を上げられる)。

ふたつめの読者層の維持だが、「ロンドン・イブニング・スタンダード」の読者はもともとビジネス層が多かった。無料化後の統計結果をみている限りでは、この層を読者として維持できているようだ。つまり、無料になることによって媒体がチープになることはなかった。

みっつめだが、無料化によって読者層が若返った。多くの国々で新聞の読者層の高年齢化がすすんでいる。イギリスも例外ではなく、新聞読者には高齢者が多い。比較的若い読者の獲得はとても難しいが、「ロンドン・イブニング・スタンダード」は無料化によって、より若い読者を取り込むことに成功した。

とても面白い取り組みなので、「ロンドン・イブニング・スタンダード」は今後も注目していくべき媒体だ。日本の新聞社も1社ぐらいそのうちフリーペーパーになるのではないかと思う。個人的には読売新聞が無料化すれば、広告ではダントツの首位にたち、日経以外の新聞社をみんな潰すことができると思うのだけど、たぶんやらないだろうな。やるとしたら、毎日か産経かな。

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